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鎌倉時代後期になると、建築物の屋根が急勾配になり、棟の高さも高くなり、その対応として隅棟や降棟を二段構造にする建築方法が取り入れられたので、棟の上段・下段にそれぞれ2種類の鬼瓦、「一ノ鬼」・「二ノ鬼」を配すようになる。
この建築方法を取り入れた最古の建造物は、1210年に再再建された興福寺北円堂である。
このような建物の大型化に伴い、鬼瓦も大型化してゆく。また、鬼瓦の大型化に伴い、鬼面の盛り上がりが大きくなっていった。
また、このような大型化がすすむと当然粘土の使用量が増え、瓦の重量が増す。落下などを防ぐために軽量化が図られ、以降、鬼瓦の内側をくりぬき中空化するようになった。
報恩寺跡出土の鬼瓦をみてみると、以前の鬼瓦が瓦の基盤に鬼面が彫られていたようであるのに対し、こちらは基盤に鬼面をとりつけたような風体である。
この時期の意匠面での変化を挙げるならば、古代の鬼瓦同様に鬼面の下顎が再びあらわされるようになったことと、角を一本生やした鬼面が生まれたことである。
四天王寺講堂跡出土の鬼瓦がその例である。現代の感覚からすると奇妙なのだが、それまでの鬼の顔には、角が生えていなかったのである。
また先に紹介した報恩寺跡の鬼瓦は、法隆寺瓦大工・橘吉重の最初の作である可能性が強く、この頃から鬼瓦をつくる専門の職人が生まれたと考えられる。
おなじころ、平安末〜鎌倉時代にかけて「地獄草紙」などがうまれ、「鬼」に対して具体的なイメージが付されるようになった。
「春日権現験記」をみると、「鬼」は筋骨隆々とした荒々しい体躯にふんどし一丁、ぼうぼうの髪の毛を振り乱し、大きな牙を生やした恐ろしい姿に描かれていて、人間を苦しめているのがわかる。ちなみに三つ目の鬼はいるが、角を生やした鬼は見当たらない。「目に見えない存在」から「恐ろしい存在」へと、鬼は変化したのである。
それに伴い、人間の鬼に対する感情が「畏怖」から「恐怖」へと変化したと考えれば、鬼瓦にみられる鬼面の形相が、より真に迫ったものとなったのにも頷ける。
とにかく、このような鬼の像が共通感覚として広まったのは、鎌倉時代であろう。この頃は、鬼瓦の変化の第二期にあたる。ちょうど専門の瓦職人がうまれ手作りの瓦が制作されたことを受けて、共通感覚としての鬼のイメージが瓦に反映された可能性がある。