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日本の文化と「鬼瓦」

飛鳥時代に大陸から伝わったいにしえの鬼瓦

  • 目次
  • 第一章 6世紀
  • 第二章 7世紀
  • 第三章 8世紀前半
  • 第四章 8世紀後半
  • 第五章 10世紀
  • 第六章 鎌倉時代後期
  • 第七章 安土桃山時代
  • 第八章 室町中期
  • 鬼瓦BLOG

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鬼瓦BLOG

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鬼面が彫刻されていない鬼瓦も鬼板という (2009年8月17日)
鬼瓦は、棟の末端に付ける雨仕舞いの役割を兼ねた装飾瓦で、同様の役割を持つ植物性や石、金属などの材料で葺かれた屋根に用いられるものを「鬼板(おにいた)」というが、鬼面が彫刻されていない鬼瓦も鬼板という。一般的に鬼瓦といえば、鬼面の有無にかかわらず棟瓦の端部に付けられた役瓦のことをいう。
鬼の顔を彫刻したものから、シンプルな造形の「州浜(すはま)」や「陸(ろく)」と呼ばれるものや蓮の華をあらわしたもの、また、家紋や福の神がついたものなどがある。

ルーツは中国に見られ、日本では唐文化を積極的に取り入れだした奈良時代に始まり、急速に全国に普及した。寺院は勿論、一般家屋など比較的古い和式建築に多く見られるが、平成期以降に建てられた建築物には見られることが少なくなった。 鬼瓦を作る職人は、鬼師と呼ばれる。
建物の大棟や降り棟の端を飾る瓦を鬼瓦 (2009年8月13日)
建物の大棟や降り棟の端を飾る瓦を鬼瓦と呼ぶ。とくに室町時代以降の鬼瓦が立体的な鬼面として作られるようになったからでしょう。飛鳥時代や白鳳時代の鬼瓦はまだ鬼面ではなく、蓮華文を飾っていました。おかしいようですが、それでも鬼瓦と呼ぶ。

邪鬼をあらわした瓦が使われるようになりますのは、奈良時代になってからのことです。悪霊が寄りつくのをさけるためなのでしょう。平城宮や、平城京の寺々 でまず使われるようになります。平城宮の鬼瓦は顔を正面に向け、上唇を突出させ、舌を出し、両腕を膝においてうずくまった姿勢の全身像をあらわしたもので す。まさに悪霊を強くこばむ形相です。

天平年間には顔面だけの鬼瓦、まさに鬼面文鬼瓦が作られるようになります。注意して見ますと、よく似た顔つきで大小ありますので、大棟用と降り棟用とが使 い分けられたのでしょう。平城京の寺々の鬼瓦は額に鋸歯文をおいたり、眼がとび出したりしており宮殿のものと様相がちがいます。このような鬼瓦は、国分寺 の造営とともに全国に広まっていきます。

鬼瓦が大きく変化するのは室町時代のことです。その前の鎌倉時代ではまだレリーフ状でしたが、これが立体的になり、しかも耳まで裂けた口、剥き出した牙、眼を吊り上げて天空を眺みつける形相になります。
プロフェッショナルの流儀「美濃部恵一」 鬼となる (2009年8月11日)
鬼師・美濃邉の正念場は、鬼瓦を焼く「窯焚き(かまたき)」。30数時間、ぶっ続けで炎と向き合う過酷な作業だ。

徐々に窯の温度を上げていき、最終的には1095度にする。理想の鬼瓦を作るために、この温度を一定に保つことを目指す。
美濃邉は、窯(かま)の脇の通風口に砕いたレンガを置いたり、外したりする。微妙に空気の流れを変えることで、火のまわりを操り、窯(かま)の温度を調節する。わずかな温度の変化も許されない、ギリギリのしのぎ合いだ。
「後日、僕が作った鬼瓦を、他の鬼師が作り直す時に、これに負けないような仕事をしようという気持ちにさせたい」と語る美濃邉。その思いが、美濃邉を「鬼」にさせる
プロフェッショナルの流儀「美濃部恵一」 魂を写し取る (2009年7月24日)
現代の鬼師に求められるのは、まずもとの鬼瓦を忠実に再現することだ。しかし、ただ形を写し取るだけではない。もっとも大切にしているのは、「魂を写し取る」こと。
製作中に、美濃邉が不思議な動きをし始めた。古い瓦(かわら)を、なぞるように触っては作業を続ける。理由を尋ねると、「触ってみると、手を通して、どんな職人がどんな思いでその鬼瓦を作ったのかがわかる」とのこと。
職人の気質にまで思いを巡らせ、それを復活させる。それが美濃邉の信念だ。
プロフェッショナルの流儀「美濃部恵一」 鬼の歴史をつなぐ (2009年7月24日)
鬼瓦は、飛鳥時代に大陸から伝わり、次第に「建物の守り神」として盛んに作られるようになった。しかし屋根の上で雨風にさらされる鬼瓦は、歳月を経ると、ひび割れ、朽ちる。そのため数百年ごとに、新たなものに作り直される必要がある。
 例えば、美濃邉の代表作、清水寺・経堂の鬼瓦(国の重要文化財)は、もともとは江戸時代初期・寛永年間に作られたもの。全部で18の鬼瓦が屋根に上がっていたが、そのうち壊れてしまった1つを、美濃邉が平成に入ってから作り直した。
 いにしえの鬼瓦を引き継ぎ、未来へとつなぐ、それが鬼師の仕事だ。
鬼瓦を作る職人は、鬼師と呼ばれる (2009年6月25日)
鬼瓦は、棟の末端に付ける雨仕舞いの役割を兼ねた装飾瓦で、同様の役割を持つ植物性や石、金属などの材料で葺かれた屋根に用いられるものを「鬼板(おにいた)」というが、鬼面が彫刻されていない鬼瓦も鬼板という。一般的に鬼瓦といえば、鬼面の有無にかかわらず棟瓦の端部に付けられた役瓦のことをいう。

鬼の顔を彫刻したものから、シンプルな造形の「州浜(すはま)」や「陸(ろく)」と呼ばれるものや蓮の華をあらわしたもの、また、家紋や福の神がついたものなどがある。

ルーツは中国に見られ、日本では唐文化を積極的に取り入れだした奈良時代に始まり、急速に全国に普及した。寺院は勿論、一般家屋など比較的古い和式建築に多く見られるが、平成期以降に建てられた建築物には見られることが少なくなった。 鬼瓦を作る職人は、鬼師と呼ばれる。

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